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昨今、根拠に基づく医療という言葉が定着しつつある。しかし、日本国内の歯科診療所における院内感染対策は、科学的に否定されている方法や習慣化された手順により、感染予防が不十分であったり、無駄となったり、さらには有害な診療環境となっているケースがあるという。東京都で開業されている佐藤文昭先生より、ウイルスの感染機序に対応した効果的な感染予防対策についてお話を伺った。
歯科診療所において感染予防の主な対象となるのは、B型肝炎、C型肝炎、エイズなどの血液感染症である。これらは、内部の遺伝子本体をエンベロープという外殻が包み込む構造形態の「エンベロープウイルス」と呼ばれる。このエンベロープを持つB型・C型肝炎ウイルスの感染機序としては、肝細胞のレセプターにエンベロープにある突起物(スパイク)を結合することで感染させることが、1982年にドイツで解明された。これ以降、欧州ではスパイクを含むエンベロープを破損すれば、ウイルスが体内に侵入してもレセプターと結合することができず感染は成立しないという考え方を基にして、ウイルスに対する消毒剤成分の研究が急速に進歩した。その結果、現在では人体に安全性の高いアルコール類と界面活性剤混合剤が、血液感染症(B型肝炎、C型肝炎、エイズ等)を予防する消毒剤の主成分となっている。というのも、このウイルス感染の主役であるエンベロープ部分は主にタンパク質・脂質から構成されることから、アルコール類や第4級アンモニウム塩(界面活性剤)等のタンパク変性剤、脂質溶剤で容易に破損することができるためである。
対して日本では、1973年、WHOの推奨によりアルデヒド含有製剤が肝炎ウイルスの消毒剤として販売され、現在でも感染予防の主流となっている。しかしながら、このアルデヒド含有製剤は欧州市場ではほとんどが撤退している。なぜならば、アルデヒド含有製剤がウイルス全てを凝集して破壊する瞬間凝集剤であるために、タンパク質が器具の深部に付着したウイルスまで完全に破壊できず感染リスクがあること、B型肝炎ウイルスへの有効性が不確実であること、また環境毒性、発ガン性の疑いがあることが研究の結果判明したためである。それにもかかわらず、日本ではアルデヒド含有製剤が使用されるケースが多く、欧州に比べて根拠に基づく院内感染対策が立ち遅れていると言える。
では、欧州基準である、根拠に基づく感染予防とはどのようなものか。具体例を紹介する。まず、日常の診療後に血液・唾液等が付着した器具では:
超音波洗浄器に、タンパク質や脂質を変性・遊離させるアルカリ性界面活性剤効果と防錆性能のある薬液を満たし浸漬→規定時間洗浄後、十分に水洗い→オートクレーブ滅菌にかける、という3ステップの洗浄工程が推奨される。詳しくは以下の通り。
1. | スイスOCC社「オロシドマルチセプントプラス」 (佐藤歯材株式会社)希釈液に器具を浸漬 |
---|---|
2. | 水洗 |
3. | オートクレープへ |
⇒3段階の作業で済む。 |
【グルタラール製剤、フタラール製剤、過酢酸製剤による滅菌】
1. | タンパク融解剤に浸漬 |
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2. | 十分に水洗 |
3. | グルタラール製剤(過酢酸)に浸漬 |
4. | 十分に水洗 |
5. | オートクレープへ |
⇒5段階の作業が必要。 |
!よくあるミス!
タンパク質、脂肪除去の一時洗浄を省いてオートクレープへ入れてしまう。
(チャンバーセンサーにタンパク質が付着して作動不良の主因になる)
ここで注意すべき点は「使用した器具をいきなり水洗いしない」ということである。いきなり水洗いすると、血液・唾液中のウイルスの飛散や跳ね返りがあり、これでは担当スタッフを故意に感染のリスクにさらしているようなものである。また、タンパク質・脂肪除去の一次洗浄を省いて器具をすぐにオートクレーブで滅菌した場合には、タンパク質や脂肪が高温で変性し、オートクレーブのチャンバーやセンサーに付着。作動不良の主原因になり、オートクレーブ自体の寿命を短くしてしまう。最も重要なのは、使用後の器具は直ちに薬液に浸漬し、付着している血液・唾液中のタンパク質を変性、脂肪を融解することであり、当院で使用しているスイスOCC社「オロシドマルチセプントプラス」ではウイルス不活性のデータが実証されている。
また、テーブル、ユニット、ライト、フロア等のオートクレーブに入らないものの消毒に使用する製剤は、アルコール系(イソプロバノールとエタノール)と第4級アンモニウム化合物を配合したスプレータイプとティッシュタイプが主流となっている。DGHM認定品(注:)であれば、30~120秒で感染を予防できる。アルデヒド含有製剤でチェアやテーブル等を清拭できると考えている方もいるが、有害なアルデヒドガスをそのまま吸い込む危険性があるため大変危険な行為である。
効果的かつ安全な院内感染予防を実施するためには、ウイルスの感染機序からアプローチした薬剤を選択すること、またそれを正しく使用することが重要となる。根拠に基づき研究された欧州基準のDGHM認定品を理にかなった方法で使用すれば、無駄な労力を省き、スタッフの健康を害すことなく、院内感染予防が実現されるだろう。
注:DGHM(German Society of Hygiene and Microbiology):
ドイツに本社がある感染予防製剤の公式認証機関
【参考文献】
Infection Control Manual 2009 / Jureg Suter
PROTEIN-DISSOLVING AND LIPID-DISSOLVING CHEMICAL AGENTS
※上記掲載記事に関しましては、日本薬事法務学会が取材させていただきました内容を基に掲載しております。ご不明な点、学術情報につきましてご興味等がございましたら、日本薬事法務学会事務局までご連絡いただければ幸いです。
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