別府明礬温泉の湯の花製造技術

所在地 大分県別府市

保護団体 明礬温泉湯の花製造技術保存会


 別府明礬温泉の湯の花製造技術は、大分県別府市の明礬温泉で江戸時代より行われている湯の花製造の技術である。この技術は、湯の花小屋という製造施設をつくり、その内部で噴気と青粘土を利用して湯の花の結晶を作り出す技術であり、製品である湯の花は薬として利用されたり、入浴剤として利用されてきた。

 明礬温泉は、別府市の西部に位置し、別府市野田および別府市鶴見を合わせた地域の通称で、江戸時代にはここで湯の花に灰汁を加えて煮て精製した明礬も製造されていたことからこの名がある。明礬の製造は寛文4年(1664年)に渡辺五郎右衛門によって始められたといわれ、その製品は「豊後明礬」と呼ばれ、染色、止血、皮なめし、顔料などに広く利用され、全国一の生産量を誇った。湯の花も享保年間(1716年~1736年)には製造されていたといわれ、明治以降、安価な中国産に押されて明礬が製造されなくなると、湯の花の製造のみが続けられてきた。

 湯の花の製造工程は、湯の花小屋づくりと小屋の内部で湯の花を結晶化させる作業に大きく分けられる。さらに湯の花小屋づくりは小屋床の製作と屋根の製作に、湯の花を結晶化させる作業は青粘土の敷きつめと噴気の調節と湯の花のかきとりに分けることができる。これらの作業に要する人数は特に決まっていないが、湯の花小屋づくりは数人で行う場合が多く、湯の花の結晶を作りだす作業は1人で行うこともある。

 明礬温泉一帯は、地熱地帯で地下30cmほどのところに温水脈があり、随所に温泉の蒸気である噴気孔を探して、その近辺一帯60平方メートルほどをスコップや木槌を使って平らに固めて基礎とする。次に噴気孔から小屋床まで土管を延ばして噴気を取り入れる。この土管の途中には噴気が抜ける穴をつけておき、取り込む噴気の量を調節できるようにしておく。次に小屋床に縦横に溝を掘って噴気道をつけ、噴気がまんべんなく行き渡るようにする。噴気道の先には排出用の土管を設置し、ここでも噴気の排出量を調整できるようにする。さらに小屋床の表面に噴気が一定の強さで噴き出すように栗石(くりいし)と呼ばれる小石を敷き詰める。最期に小屋床一面に藁を敷きつめて、その上に土を敷いて木槌などで叩いて固める。
  屋根は、まず、小屋床の周囲に柱台となる石を配置し、その上に柱を立て切り妻屋根の形につくり、藁や芽で葺く。屋根の高さは高いところで4メートル程である。
  こうして完成した湯の花小屋の内部は、小屋床から噴気が一定の強さでまんべんなく噴き出し、内部の温湿度も常時一定に保つことができるようになっており、また雨風を防ぐこともできることから、湯の花の結晶ができやすい環境になっている。

 湯の花小屋が完成すると、明礬温泉周辺の山から採取したギチと呼ばれる青粘土を小屋床一面に20cmほどの厚さに敷き固める。すると、10日前後で硫酸塩の結晶、すなわち湯の花が青粘土の表面に発生する。最初に発生した湯の花は不純物が多く含まれていることから、かきとらずに木槌などで、固める。さらに30日前後して再び湯の花が発生すると、不純物などが少ない白い部分だけを選んで左官用の鏝(こて)や木の棒などでかきとる。かきとった湯の花は通気性のよい叺(かます)に入れて保管する。不純物を含む赤や黄色の部分は再び固めたり、除去したりする。

 湯の花が結晶化する過程をみると、まず噴気が藁と土の層を上昇する過程で冷えて水になる。それと同時に噴気に含まれていた硫化水素や亜硫酸ガスが酸化して硫酸となり、この水に溶けこむ。それが上昇して青粘土の層に入ると、青粘土に含まれているアルミニウムや鉄と化合して硫酸塩となり結晶として表面に現れる。これが明礬温泉で湯の花とよばれているものである。

 こうして結晶化させた湯の花をかきとると、再び湯の花が発生するまで30日前後待つことになるが、その間も常に湯の花小屋内部の温湿度などを観察し、適宜噴気の強さを調節して温湿度を一定に保つ。小屋内部の温度は摂氏45℃くらいが適温といわれているが、実際は経験によっている。

 一度、青粘土を敷き固めると長い場合は1年間ほど湯の花を摂取できるが、青粘土に含まれるアルミニウムなどの量によっては2カ月ほどで湯の花を結晶化させることができなくなることもある。結晶化させることができなくなると、再びその上に青粘土を敷き固める。青粘土を数度敷き固めると表面に噴き出してくる噴気が弱くなり、噴気量の調節だけでは結晶化させることができなくなることから青粘土や土、藁、栗石をすべて剥いで、小屋床から再びつくりなおし、新たな青粘土を敷く。なお、湯の花小屋の屋根も三年もすれば傷みが激しくなるため葺きかえる。

 また、噴気孔から出る噴気自体が弱くなった場合は、湯の花小屋そのものを解体して新しい湯の花小屋をつくる。この際、栗石などの用材は再利用することが多い。次の湯の花の発生を待つ間は、噴気の調節や湯の花の発生具合の観察に加えて、こうした小屋床の再製作や湯の花小屋の修理・製作等にも携わることになる。

「月刊文化財(平成18年3月1日)」(p20~p21)引用